それでも僕はやってない。

こんにちわ。

サラリーマンのエンドです。

 

考えてました。考える人になってました。笑
というのも、昨日は、

『それでもぼくはやってない。』という映画を見ました。

 

考えさせられる映画ですね。
見ていない人のために概要だけ説明すると、
主人公の男性が痴漢による冤罪をかけられます。
痴漢というのは、非常にやったかやっていないかの判断が難しい。
しかも、処罰の重さがまだ軽いほうであることから、
やっていなくても、「やりましたごめんなさい」と言ってしまったほうが楽らしいです。
否認し続けると、裁判で争うことになり半年くらい刑務所生活・・・。
しかも、この裁判で勝てる確率は0.1%。
冤罪を認めるって警察のミスを認めるということになるので、

そんな簡単なものじゃないんですね。

 

本当にくだらないことです。

 
しかし、もし、自分が痴漢の冤罪をかけられたら、どうするかな。

 

と考えさせられました。

 

皆さんならどうします?

 

私は間違っている事は間違っているとはっきり言ってしまうタイプです。

 

これは仕事でもプライベートでも同じ。
自分が正しいと思ったことをする。
己の筋を通す。

 

だから、普通はやっていないものはやっていないと言うと思います。

 
ただ、己の筋を通す事で、失われる時間。
この場で己を通す意味。
そもそも、『やったかやっていないか』を知っているのは自分だけなんです。
なのに、裁判官や弁護士といった周りに評価されるわけです。
真実を知らない人に自分は裁かれるわけです。

 

これって、裁判って仕組み自体が破綻してると思いません?
ただ、誰かが捌かなければ、社会が成り立ちません。
難しい話です。
まぁ、そこを議論する映画なんですが。笑

 
私には中学で剣道をやっていて、高校で水泳をやっていた友人がいます。
この映画を見て、彼を思い出しました。

 

剣道と水泳。

 

陸と水。

道具を使う。使わない。
全然違う競技ですよね。

 

ある日、興味があって、なぜ競技変えたのかを聞きました。
というのも彼は剣道で大阪の大会で優勝するほどの腕の持ち主でした。
普通そこまで練習していたのなら、高校も剣道やるのが自然のはず。

 
すると、彼はこう答えました。

 
『他人に審判される競技に嫌気がさしたんだよ。

自分出した結果に納得のいく競技がしたかった。』

 
剣道というのは、結局のところ審判がどういうかで判断されます。

 

一本を取ったか、取っていないか。

 

上級者になればなるほど、際どいものでてくるみたいです。

 

一方で水泳は、タイムが全て。

 

結局人と争ったりしますが、そこの勝ち負けは結局のところ、
タイムが早いか遅いかですよね。
Aさんが10秒で、Bさんが9秒なのに、Bさんの勝ちなんてありえないわけです。

 

すごく納得のいく彼の回答が記憶に残ってます。

 

裁判は強制的に前者なわけです。

 

私は、さきほど
『普通はやっていないものはやっていないと言う』
と言いました。

 

ブログで言うのは簡単です。

 

しかし、本当にその場になった事をリアルにイメージすると、
果たして、本当にそう言えるかはわかりません。
本当に考えさせられる映画でした。

 
この映画を見て、出した私の結論。

 
『満員電車には乗らない。』

 

です。笑

 

最後までお読み頂きありがとうございました。
サラリーマン エンド